遅い拠点戦略の見直し

寄稿 高橋功吉

グローバル企業では、経営環境の変化に伴い、常に拠点戦略の見直しが必要になる。

しかし、これらの相談を受ける際に感じることは、拠点戦略の見直しが遅いのではということだ。

赤字に陥ってからの検討では遅い

多いのは、拠点が赤字に陥り、合理化などの取り組みをしているものの黒字化できず、どうしたらよいかというような例だ。

赤字を継続するような事態になってから、どうしようかというのではあまりに遅すぎる。こうなる原因は、今の拠点での事業を前提に、黒字化を図ろうという取り組みに終始していることが多い。

すでに、事業環境も変化しているにも関わらず、事業構造の変革に向けた取り組みがされていないことが多いのだ。

実際、拠点を再編するにしても、赤字商品の撤退やシフトには時間がかかる。それ以上に、事業構造そのものの変革には時間がかかるし、撤退や売却となれば、設立以上のパワーも必要になる。

その間に、どんどん赤字を垂れ流すことになり、多大のキャッシュ流出につながる。

赤字に陥る前に、事業環境の変化を踏まえ、先手で拠点戦略の見直しをすることが大切だ。

中長期の戦略が描けていない

そもそも、このような事態に陥っている企業に共通するのは、中期計画が適切に策定されていないことが多い。

そう言うと、「中期計画はある」と言われるのだが、形としての中期計画はあっても、単に数字を記載しただけで、そこには経営戦略が明示されていないことが多い。

単に、既存事業・既存拠点の「売上を拡大する」「コストダウンに取り組む」というだけでは、戦略にならない。それは既存事業の延長だけで経営が成り立つ時代ではないからだ。

 

経営環境の変化・市場の変化を踏まえ、また自社の強みや弱み・経営資源を踏まえて、顧客や競合先の戦略も見ながら、どの事業を伸ばし、何を捨てるのか、それによってどう事業構造を変革していくのか。そのために必要となる経営資源をどう確保するのか、M&Aも含めて戦略が描けていることが重要だ。

拠点戦略は、中長期の経営戦略を実現するための戦略の一つだ。

どの事業を成長させようとするのか、逆にどの事業は捨てるのかといった事業構造・収益構造変革シナリオで、拠点戦略は大きく変わる。

新たに成長する市場を獲得しようということであれば、販売網を構築するための販売拠点の設立や、どの拠点から供給するのか供給戦略を明確にする必要があるし、さらには製造拠点を設立した方がよいということもある。

また、収益の確保が見込めない事業を整理していくにあたり、それらの事業を担当している拠点の生産・販売品目の入れ替えや他拠点へのシフト、場合によっては撤退や売却も検討する必要がある。

これらは経営戦略を実現するための拠点戦略に他ならない。

拠点戦略に影響を及ぼす経営環境の変化

拠点戦略見直しにつながる代表的な経営環境の変化として、下記のようなものがある。

地政学リスク

2022年に発生した上海のロックダウンは、グローバルでのサプライチェーンの見直しを強いることになった。

また、ウクライナ問題からロシアでの拠点操業ができなくなった例もある。

アジア最後のフロンティアといわれたミャンマーもクーデターで様変わりすることになった。

以前から、反日デモによる工場の稼働停止、SARSといった感染症問題もあったが、地政学リスクはさらに高まっており、それらリスクを踏まえた拠点戦略の構築は必要不可欠と言える。

また、貿易政策の突然の変化もある。輸出入そのものに制限がかかったり、税制が変化したりするなどだ。輸入で調達していた部材が調達できなくなると生産をストップせざるをえなくなることもある。

また、コンテナ不足問題や港湾業務に支障がでるということもある。

脱炭素への対応…物流の見直しも必要不可欠に

さらに、今後の企業経営で、取り組みが必須となることの一つが脱炭素への取り組みだ。これは各拠点での削減取り組みだけでなく、物流時に排出される二酸化炭素の削減も必要になることから、調達や供給体制、生産・販売拠点の見直しを迫ることになる。

調達も生産販売もそのエリア内であれば、これらの排出量はミニマムにできるが、グローバル供給拠点として世界各国へ供給するという物流を前提とした体制は通用しなくなる。言い換えると、グローバル供給拠点という考え方そのものが時代にそぐわなくなるということであり、脱炭素への取り組みには、調達・供給拠点戦略の見直しが必要になるということだ。

コストの上昇

昔は、豊富な労働力と安い人件費を背景に中国が「世界の工場」と言われた。しかし、中国の人件費はこの20年間で大幅に上昇。2000年では445元だった上海の最低賃金は、2022年では 2,590元と6倍近くになっている。

また、豊富な労働力にも陰りが出ている。件の中国も総人口は減少局面に入った。さらに16~59歳の生産年齢が全人口に占める比率は2010年の74.5%から、2021年には68.3%に低下している。

これは中国に限ったことではない。中国からのシフト先として急拡大したベトナムでも人件費の上昇は同様で、労働力輸出国にもかかわらず、一部では働き手の確保に苦労している企業もある。

原材料の高騰と共に、人件費の高騰、さらには労働力の確保問題も見据えた検討が必須になってきている。

市場の変化

人口の増減や所得水準の変化で、伸びる市場と縮小していく市場がでてくるのは当然だ。どの市場を狙うのかは戦略を構築する上で重要なポイントになるだけに市場の変化を適切に把握することが重要だ。

例えば、今ではインドが成長市場として注目されているが、インド市場の拡大を踏まえ、今まで日系企業ではあまり重視されていなかったアフリカ市場も注目されるようになってきている。これを踏まえ、インドの製造拠点を拡大し、コスト力のあるインド拠点からアフリカ市場に製品を供給することで市場開拓を図るというシナリオを描いて推進している企業もある。

これらは、市場の変化を踏まえ、どの市場で事業を拡大するか、そのための拠点戦略はどうするかが検討されているからだ。

 

多くの企業では、中期計画策定時に市場の変化を踏まえて事業戦略の見直しをする。成長市場や成長事業を対象とした拠点拡大や新規拠点の設立、またジリ貧になっていく市場であれば、撤退や事業売却、逆に他社が撤退なら残存者利益を得るという戦略をとることもある。

市場の変化と共に競合他社の戦略も把握し、自社の強みや弱みも踏まえて、どう事業構造の変革を図るのか、それを踏まえて拠点戦略はどうすべきか、具体的な計画に落とし込むことが大切だ。これらは、各拠点がしっかりと利益が出ている段階で方向付けすることが必要であり、間違っても、赤字になってからどうしようかということのないようにしなければならない。

真の拠点戦略の策定…経営戦略を明確に

冒頭、中長期の経営戦略が描けていないことが多いと述べた。その代表的な例は、各拠点が策定した中期計画や、各事業部が策定した中期計画を合計しただけの全社中期計画だ。それぞれの拠点や事業部が、どれだけがんばれるかを記載したものになっていることが多い。

これでは、数字はできても経営戦略にはならない。

自分の担当する拠点や事業を縮小するとか撤退するというような計画を策定する責任者は滅多にいないからだ。

拠点戦略見直しのガイドラインを設定することも大切

ところで、既存拠点や既存事業については、経営数字の推移がどうなっているかを把握することが大切だ。高い利益率であっても、毎年、人件費率が上昇し利益率が低下してきていれば、早晩赤字に転落する。

また、フリーキャッシュフローがマイナスを継続している拠点や事業は資金ショートに陥る。

 

さらに事業の選別という視点では、資本コストを上回る利益を上げることができていない拠点や事業は、継続する価値はない。例えば、ROIC(投下資本利益率)がWACC(加重平均資本コスト)を上回っていないような拠点や事業は売却や撤退を検討するというようなガイドラインを設定しておくことは有効だ。

このような見方をすることで、課題拠点や課題事業を明確にし、それらをどうしていくのかを検討することだ。

拠点や事業がキャッシュ垂れ流しになってからでは、売却するのも難しくなる。

早期に方向付けすることが大切であり、そのためには、資本コストを上回る利益を継続的に確保できているかをチェックすることが大切と言える。

経営計画策定時には、これらの推移を、市場環境の変化、取引先や競合他社の戦略の変化、コスト動向などと共に確認し、課題拠点や課題事業を明確にし、戦略の見直しをすることが大切だ。

既存事業を延長しただけの中期計画数字ではなく、拠点戦略も含めた経営戦略の見直し・策定をしていただきたい。

 

※大手電機メーカーで海外経営責任者等の要職を歴任後、大手コンサルティング会社にて事業本部長・取締役、プライム上場企業の社外取締役などを歴任。ものづくり経営入門(日経BP社)はじめ雑誌・媒体での執筆も多い。ICMCI(国際公認経営コンサルティング協会)認定コンサルタント、公益社団法人全日本能率連盟認定マスターマネジメントコンサルタント、経済産業大臣登録中小企業診断士