意外に多い海外拠点の立ち上げ失敗
人口減少で国内市場の成長が難しい中、グローバルでの事業拡大は必須となっており、海外拠点の設立や拡大は続いている。
しかし、その裏では、立ち上げを失敗している企業が意外に多い。実際、上場企業の場合、設立した拠点に新たな増資をする時にはその旨を開示することが多いが、設立と発表したばかりなのに、もう増資するのかという例がある。これは立ち上げを失敗し、資金ショートに見舞われたため、急遽、増資することにしたというケースが大半だ。まさか、「立ち上げを失敗したので増資することにした」とは発表できないので、「さらなる発展を目指して増資する」というような発表にしているのだが。
資金ショートする原因は?
流石に、販売目論見がデタラメだったというようなケースは論外だが、多いのは、計画通りに生産の立ち上げができずに資金ショートに陥るというケースだ。
すでに従業員も採用し、部材も購入しているのに、生産が計画通りにできないために納品ができないということになれば、支払いだけは計画通りだが、入金だけはないという事態になり、立ち上げ早々資金ショートに陥ることになる。
進出にあたっては、事前に調査や商談等で市場性を確認し、提供する商品やサービス内容を決め、与信管理も含めて販売先を選定、販売促進策等と共にいつから販売・納品するかも事前に商談して決めているはずだ。また、部品メーカーであれば客先の審査を受ける必要があることも多く、事前に客先と調整して立ち上げスケジュールを決めているのが通常だ。
資金計画をはじめとした経営計画は、これらを踏まえて策定されるが、建物の建設や各種工事の遅れ、設備の通関トラブルを含めた搬入遅れ、外注品の品質や納期トラブル、自社での立ち上げでの設備トラブルや品質問題等が発生すると、生産が遅れることになり、自社の資金問題だけではなく、客先にまで迷惑がかかり、それへの対応にも追われることになる。
追加の支援要請で経営負担はさらに重く
このような事態になると、問題解決のために日本などに追加の支援を要請せざるをえなくなる。特に、客先が決まっている場合、立ち上げ遅れは信用問題にもなりかねず、事業基盤そのものが揺らぐことになるので当然だ。
日本から支援を受ければ、移転価格税制の観点から、支援費用は現地会社負担が原則だ。
計画通りの生産立ち上げができないと、売上計上もできない中で、さらに追加費用が必要となり、計画以上の大赤字で早々に債務超過ということも稀ではない。
資金繰りが回らなくなると、先ずは親会社への支払いを先延ばし、それでも難しいと、親元保証による借入の追加や、冒頭述べたような増資ということも検討せざるをえなくなる。
それだけに、計画した量産初日に100%良品を計画通り生産するということが重要であり、それを実現するための徹底した推進管理が重要なのだ。これができなければ、立ち上げ早々経営危機に陥ることになるからだ。
計画通りの立ち上げには
それでは、量産初日に計画通り立ち上げるためには、どんなことをしておくことが必要だろうか。2つだけポイントを記載したい。
生産条件の違いを踏まえたリスクの抽出と事前の対策
日本と進出先の国とでは、生産条件が異なる。思うように立ち上げできない原因の多くは、この違いへの理解不足やこれらへの事前の対応ができていないケースが多い。
そもそも言語が違うし、識字率も国によって異なる。すべての標準類や様式は現地の言葉にする必要があるが、日本では必要なかった言葉の説明から必要になることもある。
また、派遣社員中心の生産体制であれば、人の入れ替わりを前提とした生産体制を築く必要がある。ワンマンセル生産などは難しいことも多い。
設備のメンテナンス体制も日本とは異なる。メンテナンスに必要なパーツがすぐに入手できないのであれば事前に補修パーツを在庫する必要があるし、補修パーツの補充方法を明確にしておく必要もある。同様にメンテナンス要員の確保と教育も必要だ。
環境の違いに対しても事前の対策が必要だ。虫が多い国であればそれへの対策も必要になるし、道路事情によっては振動やほこりへの対応も必要になる。梱包形態を変える必要があったりもする。部材の調達先も異なるし、調達先の生産・品質体制も異なることが多い。
すなわち、進出先での生産条件の違い(生産の4Mすべてについて)を明確にし、想定されるリスクをすべて抽出し、事前の対策を打つことがポイントになる。例えば、労働法一つも違うので、それをしっかり理解して、法令を踏まえた体制にする必要があるということだ。
これらがしっかりできていれば、立ち上げ時のトラブルの大半はおさえられる。
徹底した事前準備
優秀な人材を現地に送れば、何とかなるというのは間違いだ。現地に行く前に事前の準備がどれだけできているかが重要だからだ。
生産で切り替えをする場合、事前の外段取り(生産している間に事前に準備できることを準備すること)が、短時間で切り替えをするポイントになるが、それと同じことが立ち上げでも言える。
ベテランが現地に行って指導しながら立ちあげるというのではなく、事前に指導マニュアルを作成し、指導方法を進出前に指導役となるローカル人材に教育し、立ち上げ時の指導は、彼らができる体制まで築いておくなどだ。
当然のことながら、言葉がわからなくても理解されるような動画マニュアルや写真等を活用したチェックシート等が事前に準備されていなければならない。
これらのことは、現場での作業だけの話しではない、受入検査や出荷検査、メンテナンス作業、生産管理、さらには、財務や人事管理をはじめとした管理部門の仕事についても、事前にどれだけ準備できているかが大切ということだ。
また、拠点の風土は立ち上げ時に決まる。5S一つも立ち上げ時にどれだけ教育・徹底できるかだ。何を教育しないといけないかが事前に明確にされ、新入社員教育がしっかりできる準備が大切だ。
是非、計画通りの立ち上げをしていただきたい。